【非戦】平和のために立ち上がる「普通」の人たち
戦争や抑圧、暴力に心を痛めている人たちは少なくはないと思う。 戦争の前線にいなくても、直接関わっている感じがしなくっても、ニュースを聞くだけで、落ち込むこともあるはず。 WE WANT PEACE! 僕たちは、自分だけが平和な日々を過ごせたら満足するのではなく、全ての人や存在が平和で健やかな世界にいられることを望んでいる。だから、ニュースを見ると心が痛む。 僕の希望となっているのは、平和のために立ち上がる人が、常にいること。何をしたらいいかも分からず、リスクを負ってでも、ハートを信じて、どの時代も、どこででも、勇気を振り絞って立ち上がる「普通の人」がいる。 19歳の僕は、9.11同時多発テロ事件の日、アメリカにいた。そして、カリフォルニアの大学で大学生活を始めた頃、米政府とメディアはアフガニスタンを爆撃することを24時間毎日盛り上げていた。 幸い、僕は授業中に立ち上がって、戦争を推進する政府、メディア、産業に抵抗するためにデモ行進をする学生たちに救われた。彼らの勇気、心の動きに僕は動かされた。そして、何も分からず、僕も立ち上がりパレードのような初めてのデモに参加して、結果的に大学の一時的閉鎖に加わった。 その小さな(数百人規模)のアクションが、全米ニュースに取り上げられ、大きな波紋となった。僕たちの小さな反戦団体と所属している大学が、米国国防相から監視されるようにもなった。それは、怖いことでもありながら、僕たちの心の動きが戦争を可能にしている組織の中心まで影響を及ぼしたことを実感した。 心が動いたたったの数人が、社会を変えられる みんなが変わる必要はない 社会は、僕たちで形成されている 僕たちが社会そのもの 僕たちが動けば、社会も動く STAND UP ! 戦争や暴力に囚われている人にとっては、平和のために立ち上がる人は、脅威に感じるのかもしれない。そして、攻撃的になることもある。日本でも、平和のために立ち上がって、嫌がらせをされたり、逮捕されたり、暴力を受けたり、殺された人もいる。 でも、恐れたり、無力感に陥ったり、何もないフリをしても、戦争や暴力は無くならない。むしろ、増殖していく。そして、放置しすぎると、とてつもない脅威として、みんなを戦争により深く巻き込んでいく。その悲劇は、何世代も続く。沖縄だけではなく、パレスチナだけではなく、ウクライナだけではなく、みんな。 平和は結果ではなく、生き方 There is no way to peace, peace is the way – A.J. Muste 平和への道はない、平和こそが道だから…
