【NVC】 非暴力コミュニケーションの簡単な説明 by 安納ケン&鈴木重子

9月半ばからNVC Being Online Programというのを、仲間たちと創造しながら、毎週土曜日にセッションをしている。

ゆっくり無防備で共感的なコミュニティを育みながら、NVCの基礎と応用の話しと実践の機会をつくっている。

僕がNVCを教えるときは頭よりも感覚を通して出会ってほしいから、いつも共感サークルから始める。まずは、共感のエネルギーに触れてほしいから。アプローチは全然違うけど(左脳)、(主に)ケンさんが行うNVCの概要の話しがとても分かりやすくて好き。

僕がとったノートを、ケンと重子にチェックしてもらったので、みんなとシェアしたいと思っている。

最初の5つのお願いもなんだか新鮮。一番を常にやったら、僕たちの人生や社会はどうなるのだろう。。。。

【注意書】僕たちの考えや経験も常に進化しているので(無常)、今はこう思ってたり、こう表現していても、いつかは変わっていく。なので、一番アップデートされた話はその都度ワークショップとかメディアでシェアするね。

参考までに

OCT 3rd 2020

Ken and Shigekoの5つのお願い


NVCを体現するために

1。やりたくない事を絶対やらないで下さい

2。自分の経験と学びを大切にしてほしい

3。互いの不完全さを許す

4。長めの沈黙を無理して埋めようとしないで下さい

5。【安全を大切にするお願い】人のプライバシーに関わるお話・できごとはこの場に留めておいてください

NVCの目的とは?

NVCはある目的のために作られたので、その目的のために使うと一番効果ができる

包丁を耳をかくこともできるけど、本来は食材を切るためにできている

マーシャルは、疑問を持っていた

→どうして人は暴力を振るってしまうのか?

→困難な状況でも思いやりを持ち続けられる人がいるのはなぜ?

3人1組の小グループで会話

NVC的あり方に役立つ心構え

人が言うことやること何かしら大事なことがあるからやっている(他人も自分も)

人の言動の裏にはニーズがある

普段のコミュニケーションの型/特徴 by Marshal

1。道徳的判断

2。値すると言う考え方

3。強要する

4。責任を否定する

・僕たちの社会で一般的に行われているコミュニケーションの傾向として相手を大切にしないやりとりがあるのではないか?

・相手や自分について道徳な判断を下さす(いいか、悪いか、間違っているか、正しいか)それは、社会の調和や自分の境界線を守るためにやったりする(盗むことが悪いことだとか)。役に立っている側面もあれば、望ましくない副作用もある

・動機付け(行動を変えるための動機)。行動を変える理由として、「悪いこと」だから変える。行動を変えるかもしれないけど、罪悪感、羞恥心、落ち込みなどが伴ってしまう。行動を変えるとともに自尊心を失ってしまう可能性がある。相手を大切にしたい気持ちよりも、罰が怖いという恐れが育ってしまう

・「良い悪い」とともに、「値する」がセットでくる。「ご褒美を受けるに値する存在だ」、「罰を受けるに値にする存在だ。」

・罰に値する存在を懲らしめて良い。懲らしめるべきだ ← 暴力の正当化

・映画やお話とかで悪者がやっつけられると、暴力が心地よく感じられる

・強要する(demand)について。強要した事をしなければ、罰する。そうすると、つながりが生まれるのではなく、恐れが関係性の質となる。

・自分には言動の「責任がない」「選択肢がない」言葉遣い。「常識的に。。」「会社の方針で。。。」「社会人だからやらないといけない。」「上司が言ったから。。。。」自分がやりたくない事を、やってしまう状況を可能にしてしまう。暴力を振るうことが安易になる。自分が選択している自覚がなくなってしまう。

これらの問題を解決するために、マーシャルはNVCを作った。

NVCの目的(状況によって表現が変わったりするけど)

このプロセスの目的は自然な分かち合いが可能になる形でつながることをお手伝いすること

宇宙の真理ではなく、マーシャルはこう考えた。それを、みんなと分かち合って、どう思うとみんなに伝えているだけ。

「自然な分かち合い」

自然な状態は思いやりがある状態

相手を喜ばしたい、選んでそれができるとき、自然に湧いてくる時(ねばならぬではなく)

人の喜びを見るのが僕たちが一番満たされているとき

でも、上で説明した理由でそれがやりづらくなってしまっている

NVCをこの目的を達成を手伝うためにできた

NVCの3つの意図

1.お互いの人間性(人間らしさ)が見える繋がりの質を創る

*人間性が見えてない時は、肩書き(社長、部下)レッテル(非常識な人、ダメなやつ)などがお互いの人間性の間に立ちはだかっている状態


2.相手のニーズが満たされることを自分のと同じくらい大切にする


3.行われることは何であれ純粋な自然な分かち合いから行われる。

*自然な分かち合いではないときに動機になっているのは、ご褒美をもらうため、罰をさけるため、罪悪感から、羞恥心から、義務や責務、認めてもらうため、ご褒美をもらうため、罰をさけるため、罪悪感から、羞恥心から、義務や責務、認めてもらうため

特に罪悪感と羞恥心は自分の中で感じているかもしれないけど、外から植え付けられたもの。説得された考え。

SELF-COMPASSION

自己共感もできない時

ただただ自分の気持ちに立ち会う

セルフコンパッションの考えとして
苦しみ=痛み x 抵抗
抵抗をしなければしないほど、痛みがあっても苦しみはなくなっていく。痛み x 0=は0だから

self-compassionの三つの要素 by クリスティン・ネフ Kristin Neff
クリスティンはセルフコンパッションをテーマとした本の著者

・mindfulness 苦しんでいる事を自覚する

・共通する人間性

・自分への優しさ

痛みの真っ只中にいるときには、これらを思い出すことは難しいかもしれない

そう言うときに、self compassionのマントラを唱えると良い

「今は苦しみのときである   ← mindfulness
苦しみは人生の一部である   ←共通する人間性
自分に優しくあれますように  ←自分への優しさ
必要とされる慈悲の心を自分に向けられますように」

暗記してただ唱えると良い